最近は自分の店のライブレポートすらろくに書いていないのですが(出演してくださるミュージシャンたちのおかげで、毎回、忘れられない素敵な瞬間をたくさんいただいております)、先日観客として訪れたイベントがとても良かったので、弘大のスケッチとしてここに記したいと思います。当店のイベントではないからこそ、客観的に書けるのではと思う部分もあったりします。
8月21日に弘大ベローチェにて行われた、青葉市子(日本)とSKIP SKIP BEN BEN(台湾)のライブに行ってきました。韓国からの対バンとして、私が訪れなかった前日にはWE DANCE、そしてこの日にはイ・ランが登場し、日台韓のとんがった女性アーティストが共演する形となりました。両日とも満席近い観客が訪れたそうで、今回のソウルでのイベントを企画したBARAMとHERICOPTER RECORDSの企画力に拍手を送りたい気持ちです。アジアの音楽シーンの交流がますます進むことを望みます。
会場を温かく包み込むSKIP SKIP BEN BENの演奏も、氷のように鋭い青葉市子の演奏も(特に青葉市子に対するオーディエンスの拍手はかなり熱かった)、それぞれの才能を開花させた素晴らしいステージだったのですが、個人的にはイ・ランの演奏に圧倒されました。何度も彼女のライブを観てきたけれど、今回ほど心に刺さったのは初めてで。
セカンドアルバム発表後、最初のライブ。『世界中の人々が私を憎みはじめた』のPVでも印象的な、チェロのイ・ジヘとの二人編成でステージに登場します。これまでは、弾き語りでなければコーラスと鉄琴のユ・ヘミとの二人編成、そこにドラムやキーボードを入れた形が基本であり、今回のような編成は初めてだったはず。
演奏前に、個人的な事情でライブを行うことが難しい、練習もほとんどしていないと、時に言葉を詰まらせながら話す彼女。張り詰めた雰囲気の中、神秘的なタイトル曲からライブが始まります。
8月21日イ・ラン セットリスト(中間、順序うろ覚えですが…)
1、神様ごっこ
2、平凡な人
3、家族を探して
4、患難の世代(コンピアルバム『新曲の部屋』収録。レーベルとのメールのやりとりの行き違いで、不運にもアルバムからは収録漏れになったそう)
5、世界中の人々が私を憎みはじめた
6、私はなぜ知っているのですか?
7、笑え、ユーモアに
これまでのライブで感じた、「ゆるさもあり可愛らしいイ・ラン」は、どこにもありませんでした。荒々しく、ごつごつとしていて、ひとりの人間をむき出しにしたかのような、とてつもない演奏でした。
彼女のギタープレイは、彼女の尊敬するアーティストであるアマチュア増幅器(ヤマガタトゥィークスター、ハンバッの弾き語り編成)のそれと同様、一定のストロークによるシンプルなスタイルが基本(一方、これまであまりなかった美しいアルペジオを披露する曲も)。そこに骨太のチェロが加わることで、楽曲の存在感がぐっと重くなっている印象を受けます。これまでの演奏に童謡の美しさを見るなら、さらに宗教音楽、祈りの深みさえ手に入れているよう。
そして何より、彼女の声の表現力には驚かされました。天に届くようなカタルシスを感じさせる、そして若干の音のズレにも揺るがない、鮮やかで迫力ある高音の伸び。これまでの演奏にそのような歌い方はなく、そして正直、音源を聴いた時ですらここまで凄いとは思っていませんでした。映像や執筆の仕事をしつつ、ボーカルトレーニングに時間を費やしているようには思えないのに、どうやってこんな高音を手にしたのだろう。
最後の『笑えユーモアに』では、叩きつけるようにギターを弾き、「笑え」と全力で歌いあげるイ・ラン。音源ではこの曲を(彼女が観覧したという、日本の有名お笑い番組の収録現場を想像しながら)ただユーモラスに聴いていた私は、自分は果たして他人からの評価を気にせず、何かを心から楽しく思い、笑ったことがあるのだろうかと、刃物を突き付けられたような気持ちになりました。
彼女は『神様ごっこ』のエッセイに、全ての芸術は慰労であると書いています。ユーチューブで聴きやすい歌を聴いて一時良い気分になることも慰労といえますが、彼女の生々しい歌は、慰労という言葉のイメージからかけ離れた、より一層深く鋭い(ある時は苦痛を伴う)慰労を求めてきます。表現ということについて考えさせられた、圧巻のライブでした。